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かかわらなければ〜塔 和子をうたう

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かかわらなければ〜塔 和子をうたう
cosmos records/CMCA 2029/2012年 2,000円(税別)

追悼 塔 和子 NHKハートネットTV

いま「絆」を求めるすべての人へ
瀬戸内海の閉ざされた島で紡ぎだされた「本質から湧く言葉」
高見順賞受賞の大詩人の代表作「胸の泉に」を含む8編を弾き語る



1.はじらい
2.別れの時間が
3.とどかない
4.証
5.涙
6.選ぶ
7.地球の傷
8.胸の泉に(かかわらなければ)

塔 和子:詩/沢 知恵:曲



塔 和子(とう かずこ)

1929年 愛媛県に生まれる。
1943年 ハンセン病を発病、瀬戸内の国立療養所大島青松園に入所。特効薬プロミンによって癒えるも後遺症のため、なお療養所にとどまる。
1999年 高見順賞受賞。詩集多数。『塔 和子全詩集3巻』(編集工房ノア)

沢 知恵と塔和子のかかわり

沢 知恵は生後6か月のとき、学生時代にひと夏を大島青松園で過ごした父に連れられて、初めて大島を訪れる。
入所者どうし結婚しても、子どもを持つことを許されず、誤った知識からの差別と偏見によって、幼子が療養所を訪れることなどありえなかった時代。
ハンセン病元患者たちにとって、「赤ちゃんが島に来たあの夏の日」は鮮烈な印象を残した。塔 和子もその日を憶えている。
沢の父は塔 和子と深い交流を持ち、ともに賛美歌をうたったり聖書を読んだりしたという。
父の死後、約20年ぶりに大島を訪れた沢は、「知恵ちゃん」と涙で迎えてくれる方々の思いに感激し、以来自身の「故郷」として訪問するようになる。
病棟の塔 和子を訪ねると、父との思い出の他に、詩作について、ことばについて、芸術について、あつく語り合う。
「パジャマ姿で弱々しいのに、そこにいるだけで強烈なオーラを放つ芸術家」と沢。
2001年より沢は毎年大島青松園コンサートを開いて、島の外からもおおぜいの人が集まる特別な場となっている。
「いつか塔さんの詩をうたいたい」との10年越しの念願がかない、
2011年東京の多磨全生園にある国立ハンセン病資料館で行われた「塔 和子展」を記念した「沢 知恵 塔 和子をうたう」で8編を披露。
同年の大島青松園コンサートでは、車いすで最前列に塔 和子の姿があり、ご本人の前での演奏がかなう。
くわしくは「ともえ基金」にある会報創刊号にて。


胸の泉に塔 和子

かかわらなければ

この愛しさを知るすべはなかった

この親しさは湧かなかった

この大らかな依存の安らいは得られなかった

この甘い思いや

さびしい思いも知らなかった

人はかかわることからさまざまな思いを知る

子は親とかかわり

親は子とかかわることによって

恋も友情も

かかわることから始まって

かかわったが故に起こる

幸や不幸を

積み重ねて大きくなり

くり返すことで磨かれ

そして人は

人の間で思いを削り思いをふくらませ

生を綴る

ああ

何億の人がいようとも

かかわらなければ路傍の人

私の胸の泉に

枯れ葉いちまいも

落としてはくれない

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