文と写真 沢 知恵  

2012年6月5日(火)
金環日食の余韻で、過去、いま、未来がつながるようなうたはないかなあと思っていたら、出会いました。すごくいいうた!谷川俊太郎、玉置浩二、天才です。7月14日ラカーニャ夏公演が待ち遠しいよ〜。

2012年6月4日(月)
【かかわらなければ3 『青松』】1996年、ちょうどらい予防法が廃止された年です。私は叔父ふたりといっしょに大島青松園を再訪します。約20年ぶりのことです。全国に13あるハンセン病の国立療養所には、それぞれにハンセン病元患者である入所者による自治会発行の月刊誌がありますが、大島青松園の『青松』で、祖父沢 正雄が長い間エッセイを連載していました。その祖父が亡くなったので、これまでのお交わりを感謝してのご挨拶が目的でした。祖父は英語教師で、熊本の宇土にいたころ、イギリス国教会から伝道のため熊本に赴任し、ハンセン病患者のために生涯を捧げたハンナ・リデルさんとその姪エダ・ライトさんと親交がありました。そのご縁と、おそらく父沢 正彦が学生時代に大島青松園でひと夏お世話になったことが何かのかたちでつながってつながって、『青松』で連載することになったのだと思います。私は高校時代、毎週のように板橋の祖父の家に通い、受験英語をみっちり教わったのですが(厳しかったー!)、祖父の机の上にはいつも『青松』が置いてあって、届くと隅から隅まで読んでは、毎月長い感想文を編集の故中石俊夫さんに送っているのを知っていました。「これ、帰りに投かんしてね」と言われて渡された分厚い封書を思い出します。教師としては慕われ、功績もあった人ですが、家庭人としてはまことに不器用で、満州時代のこと、徴兵されてからのこと、シベリア抑留のことも含め、8人いる子どもに自分を語ることはほとんどありませんでした。その祖父が思いの丈をつづったのが『青松』です。私が『青松』を読んだのは祖父の死後ですが、へ〜、そんなこと考えてたんだ〜、という発見がたくさんあって、孫の私にとってはとても貴重な資料です。中石さんは祖父の感想の手紙にさらにあつい返事を書いて送ってくださり、二人の手紙はやぎさんゆうびんのごとく東京と瀬戸内を行き来したのでした。ただし、やぎさんとちがって、お互いにしっかり読まれて。「祖父の何よりの楽しみでした」と申し上げたら、「沢先生は生涯の師です」とおっしゃる中石さん。まさか孫の私が『青松』に連載することになろうとは、祖父も夢にも思わなかったことでしょう。中石さんの遺言ともいえる「沢さんにお願いがあります。全国を旅しながら思ったことをつづってください」のことばを胸に、「旅芸人日記」を書き始めて何年になるでしょうか。8年くらいかしら。天国の祖父に笑われないように、いまも気を引き締めながら書いています。他ではけっして書かないようなことも・・・。

2012年6月3日(日)
【かかわらなければ2「胸の泉に」】やっぱりこの詩があったからです。茨木のり子の「自分の感受性くらい」に出会ったときのような衝撃でした。塔 和子の代表作ともいえる「胸の泉に」全文です。写真は塔 和子さんの故郷である愛媛県の西予市明浜町にある「塔 和子文学碑」。写真はいつも貴重な写真を提供してくださる塔 和子の会の川崎正明さん。ありがとうございます。

 胸の泉に   塔 和子

かかわらなければ
  この愛しさを知るすべはなかった
  この親しさは湧かなかった
  この大らかな依存の安らいは得られなかった
  この甘い思いや
  さびしい思いも知らなかった
人はかかわることからさまざまな思いを知る
  子は親とかかわり
  親は子とかかわることによって
  恋も友情も
  かかわることから始まって
かかわったが故に起こる
幸や不幸を
積み重ねて大きくなり
くり返すことで磨かれ
そして人は
人の間で思いを削り思いをふくらませ
生を綴る
ああ
何億の人がいようとも
かかわらなければ路傍の人
  私の胸の泉に
枯れ葉いちまいも
落としてはくれない


2012年6月2日(土)
音楽評論家の吉田秀和さんが98歳で、映画監督・脚本家の新藤兼人さんが100歳で亡くなりました。惜しむ声はもちろんですが、大往生のお二人に「お見事な人生!」と拍手をお送りしたいです。実は、お二人に手紙を書いたことがあります。吉田さんには朝日新聞の連載「音楽展望」を読んで感動し、その感想を。吉田さんに手紙を書くなんて、たいした度胸ですよね、私。昔すぎて内容は忘れました!新藤さんには数年前、ヒロシマを映画化したいが資金がない、という記事をどこかで読んで、少額のカンパといっしょに。新藤さんからは、まだ具体的な予定が立たないので、と秘書の方のご丁寧なお手紙とともに返金されました。激動の100年を生き抜かれ、たたかわれ、時代をつくられ、そして東日本大震災で激震した日本を見届け、天国に行かれたお二人。ゆっくりお休みください。

2012年6月1日(金)
【かかわらなければ1 長期連載スタート】はや6月。気がつけば庭のあじさいが咲き、夏へ、夏へと空気がかわっていく千葉です。6月6日にあたらしいアルバム〈かかわらなければ〜塔 和子をうたう〉を発表します。新作が出ることでこんなにドキドキわくわくするのは久しぶりです。塔 和子さんに出会って41年。塔 和子さんの詩に出会って16年。大島青松園でうたうようになり、塔さんの詩をうたいたいと思うようになって11年。とうとう詩をうたって2年。たくさんのときを経て、いまでなければうたえなかったし、かたちにできなかったと思うと、感慨無量です。ひとりでも多くの人に聴いてもらいたいです。スタッフから、「塔 和子さんについてもっと語ってください」と言われました。いろいろ考えた末、この「知恵のひとこと」で、思いつくままに書くことにします。無期限で不定期の長期連載として。塔さんのこと、詩のこと、アルバムのこと、大島のこと・・・みなさんからの質問や感想もおりまぜながら。どうぞよろしくお願いします。

2012年5月31日(木)
東京のポレポレ東中野で、ドキュメンタリー映画「隣る人」を観ました。さまざまな理由から親と暮らせない子ども(2歳〜18歳)は、日本に約3万人。全国に約580ある児童養護施設のひとつ「光の子どもの家」は、家庭的な環境で、保育士による「責任担当制」で、子どもひとりひとりと深くかかわります。保育士の愛情を求めてぐずり、「ママ〜、ママ〜」と泣き叫ぶ子どもたち。保育士が休みの日は、「いい匂い」と言って保育士の布団に入り、においをかぎながら安心して眠りにつきます。映像にうつっているのは、親の愛を知らない子どもたち。なのになんでだろう。途中からわが子たちに見えてくる。うちだってこんな感じ。抱っこ、抱っこ。おんぶ、おんぶ。「おはよう」に「ただいま」。「ママ大好き」。母を取り合ってきょうだいげんか。しだいに胸がしめつけられ、最後は涙があふれていました。家族ってなんだろう。親子ってなんだろう。愛って、しあわせって、生きるって・・・。ナレーションなしの余白に満ちた85分の間に、たくさんの問いがつきつけられました。私は子どもの「隣る人」でありえているか(I hope so.)。私には「隣る人」はいたか(Yes!)。刀川和也監督は約8年間撮影をし、その間2年くらいは、週の半分を施設で暮らしたそうです。あまりにもデリケートでドラマティックな静かな静かな日常は、そのようにしてでなければ、撮れなかったでしょう。子どもに携わる人にぜひ見てもらいたいです。かつて子どもであった人にも。

2012年5月30日(水)
傘は天下のまわりもの、じゃないけど、ほんとによくなくす私。移動が多い上に、だいたい爆睡してあわてて降りるので、車内に置き忘れます。いつからか雨傘はコンビニ以外で買わなくなりました。なくしてもがっかりしないように。日傘はちょっと奮発して、よし、今年こそ失くさないぞ!と思った矢先に、乗り換えた品川で電車に・・・すぐ調べてもらったけど、京急蒲田ではなくて、終点羽田空港で無事保護。約2時間後に手に戻りました。うれしい〜!大事にするね。(写真:奥村 恵さん)

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※1998年から2003年までの「知恵のひとこと」は、コモエスタプレス2004に、
 2004年分はコモエスタプレス2005に、2005年分はコモエスタプレス2006に、2006年分はコモエスタプレス2007に掲載しています。